フランスにいたよ(11)ボルドーだ

ホテルの目の前はボルドー・サン・ジャン駅の駅舎で、ナントと同じように、ここでも駅の前にトラムの停留所がありました。ここのトラムはパンタグラフがなく、2本の線路の間にある溝?から電気を得る、地表集電方式を採用しています。ナントではトラムに散々お世話になったけれど、ボルドーでは使わないことにしました。

ホテルのロビーで地図をもらい、旧市街でおすすめの場所を教えてもらい出発です。駅から北へ歩くとすぐにガロンヌ川にぶつかります。ボルドーも内陸深く入った(河口から96km)ガロンヌ川の畔にできた港町で、昔から交通の要所だったのです。河畔には行かずにバリュダット通りを左に折れて、道沿いに進みました。

3ブロック目に目を引く建物がありました。正面のテラスや窓枠の飾りが凝っているのです。
案内板があり、説明が書かれていましたが、よくわかりませんでした。後で調べてみると、この建物は、シャトー・デスカス(Chateau Descas)という名で、ワイン商人だったJean Descas(1834-1895)という人が、1861年に病院だった建物を購入してワイン倉庫にしたものでした。外観もリフォームして、ブドウとバッカスの飾りをつけたのです。物流を考えて駅の近くに置き、商売は成功したそうです。その後、倉庫は移転し、建物は倉庫としては使われてなく、ナイトクラブになったり、ディスコになったりして、さらにごたごたがあって現在は空き家同然なのだそうです。商売は別の人が引き継いていますが、Descasの名前は残っています。次の写真は翌日撮った遠景です。素敵な建物だと思います。うまく利用できるようになるといいのですが、、。

歩いていると、建物の間に突然、門があったりします。ボルドーも旧市街は壁で囲まれていたんですね。これはPorte de la Monnaieです。旧市街はガロンヌ川が西へ蛇行した西岸に三日月のように張り付いているので、Crescent cityと呼ばれ、地区全体が世界遺産に登録されています(2007年)。またThe port of moonとも呼ばれています。

さらに進むと左手にサン・ミシェル聖堂(Basilique Saint-Michel)の塔が見えてきます。サン・クロワ通りの続きであるモネ通りから左に折れて、近づいてみました。下の写真は赤い扉の付いた南翼廊です。右の方に回ると、、。
西側のファサードです。手前は広場で、そこの高い鐘楼が立っています。
今は中に入らずに、広場に面したパン屋さん(La Boulangerie Saint Michel)で朝食用のパンを買って、どこかで食べることにしました。このお店、行き当たりばったりで入ったのですが、これを書きながら調べたら、結構評判の良いパン屋さんでした。川縁の細長い緑地帯に置かれたベンチで、買ったばかりのパンと丸いカヌレと牛乳で軽い朝食を食べました。おいしかったです。

再び道に戻ってピエール橋のたもとから旧市街を見たところです。遠くにさっきのサン・ミシェル聖堂の鐘楼の尖塔が見えます。正面の門はブルゴーニュ門です。ピエール橋はトラムの線路が通っていて、向こう岸とつながっています。
パンを食べているときも思ったのですが、ガロンヌ川にはほとんど河川敷がありません。川の水は岸の堤防のすぐ近くを流れています。日本のように荒れる川ではないのでしょうね。ここで突然、以前高校の同期会の時に聞いた講演で、フランスはほとんどどこへでも船で行ける、川あるいは運河でつながっているから、という言葉を思い出しました。

さらに川に沿ってリシュリー通りを行くとまた左手に門があります。ちょっと立派な門です。カイヨ門(Porte Cailhau)と言います。さらに進むと、広場が左手に開けてきます。ブルス広場です。広場に面した建物の一角に、世界遺産について説明する情報センターがあったので、中に入りました。この町の昔からの歴史が展示されていましたが、フランス語で、、。何となくわかりましたが。

両側に翼を広げたような建物が広場を囲み、広場の中央には憤水があります。広場の中から見ると、こんな感じです。
でも、ボルドーの観光スポットとしてよく紹介されている写真とはちょっと違います。実は道を一本またいで川の方に近づき、「水の鏡」と呼ばれる広場の向こう側から見ると、水の鏡に建物が写って素敵なのです。今はあまり水が溜まっていないので、ちょっと寂しいですが、こんな感じです。
一定時間ごとに、敷石の真ん中から霧が噴出するのです。子供たちは大喜び。

広場の北側の広い道を曲がってちょっと進むと、大きな道との交差点、コメディー広場に出ます。この角にあるのがボルドーの大劇場です。すごく大きな建物で、並んだ円柱やその上の庇の上の12体の彫像と言い、ギリシャ神殿のような威容を見せています。

この広場の南西隅に大きなオブジェがありました。赤く錆びたような平たい像ですが、両側から見るとそれぞれ女性の横顔になるのでした。
そういえば、街角には彫刻作品がいろいろと飾られていました。たとえばこんなもの、これと同じものを何か所かで見かけました。女性はもちろん、本物の人です。
コメディー広場から北に延びる広い道の先に、高い塔が立っています。カンコンス広場に面して立つジロンド派記念碑です。
塔の下にはいわくありげな像が並び、正面には雄鶏が鬨の声を上げていました。

ジロンド派というのは、フランス革命の時にできた政治党派の一つで、簡単に言うと革命を推進した勢力のうち、ジャコバン派が急進的であったのに対して、穏健な考えを持つ派で、ボルドーを中心としたジロンド県の出身者が多かったのでこの名があります。ただしジロンド派というのは後で歴史家が付けた名前です。そのため、この記念碑はジロンド県の県庁所在地であるボルドーに、革命100周年を記念して1881年に企画され、1894年から1902年に建てられました。なんで雄鶏なのか、よくわかりませんでしたが、どうやらこれが答えかも

再びコメディー広場の方に戻って、Eglise Notre-Dameを通って、Grand Hommeショッピングセンターの前を通り、ガンベッタ広場に面したPort Dijeauxにたどり着きました。

次はサンタンドレ大聖堂(Cathedrale Saint-Andre)に向かいます。途中の通りで、店先にチョコを撹拌する機械を置いたチョコ専門店がありました。

買いたい誘惑にかられましたが、古市憲寿さんではないので我慢しました。さらに進むと向こうに二本の尖塔が見えてきました。サンタンドレ大聖堂の入り口は北翼廊にあり、この翼廊の両側に二本の尖塔があり、バラ窓のあるFacadeになっています。

中に入ると東側に内陣があり、西側にパイプオルガンが据えられています。誰かが演奏していました。修復のプロジェクトが進行中のようです。
鐘楼は大聖堂の東に別棟で建てられています。次の遠景写真の一番右側に見えるのが鐘楼です。このカテドラルはちょっと変わった作りになっていて(例えばナントの大聖堂やパリのノートルダム大聖堂は西側にFacadeがある)、南側の翼廊にも立派なFacadeがあるのがわかります。

もう2時近く、お腹が空いたので、すぐ近くの一角にあるCafeに入りました。入るといっても建物内ではなく、外のテーブルです。ちょうどおばあさんが一人で食べているすぐ前のテーブルに座ったので、連れ合いは彼女が食べているのが気になって、小粒のジャガイモがたくさんついたカモ肉を注文しました。小生は前菜(コロッケのようなもの)とサーモンでした。

食べ終わった後、Cafeの前で一枚撮りました。

お腹が満ちたので、美術の鑑賞をと思って、市庁舎(昔はロアン宮殿だった)の庭に面したボルドー美術館に行きました。しかし、何たることか休館日でした。ショック。庭の西側の飾りで満足するしかないのでした。

美術館の前の道を南にぶらぶら歩いて行くと、左側に変わった建物が見えてきました。大きな壺のようなものが階段の上に見えます。いくつも並んでいるようです。いったい、何の建物でしょう。
今、これを書きながら調べてみたら、階段のある建物は、ボルドー市裁判所複合施設(le Palais de justicede Bordeaux)で、設計者はイギリスのRichard Rogers、丸っこいのは葡萄酒の樽をイメージしたとか。後はガラス張りが多用されていて、裁判の透明性を表しているのだそうです。この人はパリのポンピドーセンターの設計者として有名な人です。酒樽の一つ一つが法廷になっているようです。

階段の向こうに写っているのはChateau de Haという城塞の名残で、今はこの中に国立司法学院(日本の司法研修所のような役割)が建てられています。法律に関係深い地区だからでしょうか、上の写真の左に見える並木の根元の舗道には、細長い金属板が打ち付けられていて、板には文字が打ち抜かれ、点字もあります。一番出だしの板ははこんな感じです。
どこかで見た文章です。連れ合いが歩いてきた若い女性に聞いたら、人権宣言だということでした。文章を調べたら、ラファイエットによる1789年のフランス人権宣言(正しくは、人間と市民の権利の宣言)ではなく、国際連合が1948年に採択した世界人権宣言(正しくは、人権に関する世界宣言)でした。

上の写真の文は、世界人権宣言第一条で、以下の通りです。

Tous les êtres humains naissent libres et égaux en dignité et en droits. Ils sont doués de raison et de conscience et doivent agir les uns envers les autres dans un esprit de fraternité.

すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない。(外務省訳)(宣言は全部で30条あるのに、ネット上の外務省仮訳は13条までとなっている。どうして?)

今この第一条を改めて読んでみると、世界で起こっている出来事と宣言の乖離を強く感じますね。

サンタンドレ大聖堂を遠く左に見ながら、東に進んでMusee d’Aquitaineに行き当たったので、ここに入ることにしました。ここはボルドーを含むアキテーヌ地方の歴史や人類学、民俗などを展示してある歴史博物館です。ラスコーもこの地域圏に含まれるので、ラスコー洞窟の壁画のレプリカがありました。
ローマ時代の柱の一部と床のモザイク模様でしょうか。

ボルドー出身の著名人の中に、モンテーニュとモンテスキューがいます。この彫像は確かモンテスキューですね。目尻が下がったところが特徴的です。

ナントの博物館と同じように、奴隷貿易のことがスペースを割いて展示してありました。ボルドーはナントの後、造船で栄えましたが、同じようなことをしていたのですね。

博物館からヴィクトル・ユーゴー広場を通って少し行くと、少し引っ込んだところに高い鐘楼があります。グロス・クロッシェ(Grosse Cloche)と言い、13世紀の街砦門中で残っている唯一の史跡だそうです。

最後に、ヴィクトワール広場に出ました。かなり大きな広場です。向こうに見えるのはボルドー大学ヴィクトワールキャンパスです。
広場には大きなアキテーヌ門があります。
門の手前にオベリスクが立っていて、その下部には彫刻が施された銘板が据えられているのですが、意味はわかりませんでした。フランス語で書かれたページを見つけましたが、フランス語ばっかりじゃー、、。
もう6時を回ったので、この日はホテルに帰りました。

翌日9日のお昼過ぎにボルドーを出るTGVでパリに向かいます。少し時間があるので、昨日、時間の関係で前を通り過ぎただけだったサン・ミシェル聖堂へ行きました。出がけにフロントの人から今日は雨が降るよと言われました。

聖堂は14世紀から16世紀に建てられたゴシック建築です。でもステンドグラスはとてもモダンなものでした。

聖堂の西側にあるメナール広場の真ん中に立つのは、高さ114.6mの鐘楼です。ここには入場料を払えば登ることができます。頑張って上ることにしました。入り口を入るとまず地下に降りる階段があって、降りると地下聖堂があります。およそ60体のミイラが置かれているとか。気を取り直して、狭いらせん階段を昇ります。途中に飾りの彫刻が。
鐘がたくさん並んだ空間、どうやら電動のようです。昔はここまで上がって手で綱を引いて、鳴らしたんだろうなーと思いました。
地上から47mの一番上まで登って上を見上げると、鐘楼の尖塔はこんな風に見えます。
ホテルのフロントの人が言ったことが当たって、上まで登った時は雨で見通しが悪くなり、ちょっと残念でした。雨を避けつつカメラで東側を撮影、聖堂の身廊・内陣と南北の翼廊を覆う屋根がきれいな十字を作っているのがわかります。
北の方向に見えるのは、ガロンヌ川に架かるピエール橋です。
北西の方向に遠くにサンタンドレ大聖堂が見えます。旧市街の向こう側には建物の色が異なる新市街を遠望できます。
旧市街は瓦や建物がよく保存されているようです。

再びらせん階段を下りて、地上に降り立ちました。雨は上がっていました。一番上にいたときが最も悪い天気だったようです。

建物に挟まれた狭い道を通って、ホテルへ戻る途中にボルドーでの最後の訪問場所であるEglise Saite-Croixを覗きました。11世紀にたてられたロマネスク様式の、比較的こじんまりした教会で、元は修道院だったようです。正面Facadeの飾りがとてもいいので好きだという、イギリス人の口コミ(このページには写真がたくさん載っています)がありました。確かに凝った入り口です。

もう11時半です。ホテルに戻ってボルドー駅へ向かうことにします。さて、ボルドーと言えばワインですが、今回はワイン関係の施設、名所はどこも行きませんでした。でも旧市街の主だったところは、ほぼ行った気がします。ボルドーはナントと違って町が大きいことと南にあること、観光客が多いことと相まってか、ナントと比べて何となくざわついた印象でした。郊外に出れば印象も変わったのでしょうが、丸一日半と短い時間だったので仕方がありません。

さあ、これで12時8分のTGVで、ボルドーからパリシャルルドゴール空港へ向かいます。


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