生物学基礎

なぜ生物学を学ぶのか

なぜ生物学を学ぶのでしょうか。私たちが生物学を学ぶ理由は大きく2つあると思います。1つめの理由は、人として生きていくために生物学が必要だからです。 もう1つの理由は、生物学を基礎とする専門諸科学だけでなく、どんな分野でもこれを学ぶためにも、生物学は必要だからです。

少し古くなってしまいましたが、1998年9月25日付の朝日新聞夕刊に次のような記事が載りました。見出しは「生物学は必修だ(米国の大学で試み広がる)」というものです。記事のリード部分には次のように書かれています。

「『21世紀は生物学の世紀』を合言葉に、米国の大学で生物学を理工系学生の必修科目にする動きが起こっている。1993年にマサチューセッツ工科大学(MIT)で始まり、3年後、カリフォルニア工科大学も採り入れた。米国立保健研究所(NIH)や米航空宇宙局(NASA)でも、生物学を工学と結びつける試みが進んでいる。(ワシントン:辻篤子)」

続いて「教授も学生に混じり受講」の中見出しの後に、次のような本文が続きます(図は後からこちらで入れたものです)。

「MITでは93年から、工学部も含めて全学生が、生物学を1学期履修することになった。2学期履修する物理学、数学の半分で、化学と同じだ。93年にノーベル医学生理学賞を受けた生物学部長のフィリップ・シャープ教授は『MITにとって重要な生物科学の分野は、神経生物学や、工学と生物学の境界領域。芽生えつつある好機を十分に生かしたい』と語る。

生理学や生態学などを個別に教える時間はない。授業では、すべての生物学の基本である遺伝と細胞について教え、次にこの基本法則がどう実際に働いているか、病気や感染症、免疫などの例で見ていく。
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生物学の授業を学生に混じって聞く教授もいる。工学部などの教授を対象とした分子生物学の講義もある。『キャンパス全体に、生物学の用語が浸透してきたことが大きい。他分野の研究者が新しい可能性の場として生物学をとらえるようになってきた』とシャープ教授。

さらに、同教授によれば、生物学が必要なのは、理工系学生ばかりではない。現代生物学が病気の理解や治療法を大きく変える一方、生物としての人間の理解も急速に進んでいる。『21世紀の教養人は、人間というものを知るために、現代生物学を多少なりとも理解することが必要になってくると思う』

『次の20年は生物学が非常に重要になる。そのためにカリフォルニア工科大学ではどう備えるべきか』と教授の間で議論が始まり、計画が決まった。そのために1億ドルの寄付を募集中。昨秋には、ノーベル医学生理学賞受賞者のデービッド・ボルチモア新学長を迎えた。生物学者に、専門分野の基礎と将来性について話してもらう全教授向けの講演シリーズも始まった。

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指揮をとる物理学者のスティーブン・クーニン副学長はいう。『カリフォルニア工科大学の強みを生かすため、脳の機能解明をめざす神経生物学と、卵からの発生を重点テーマにしている。小さい大学なので分野間交流が盛ん。さまざまな分野の人材を動員して取り組んでいきたい』

『生物学は今や、生物学者だけのものではない』とNIHのハロルド・バーマス所長は今年2月、米科学振興協会(AAAS)年次大会で言い切った。この考えに立ってNIHは、生物学や、化学、工学など多彩な分野の専門化学共同で生物学的問題に取り組む計画を進めている。

NASAのダニエル・ゴールディン長官の持論も『宇宙の生命のなぞに挑むには生物学者が欠かせない』。この夏には宇宙生物学の研究所が新設された。」

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この記事では、21世紀の教養人にとって、人間を理解するためには人文・社会科学に加えて生物学の知識が不可欠だと言っています。「人間とは何か」という、古くて新しい問いかけに答えるには、生物学の知識が必要だというのです。さらに今や、毎日の新聞を開いても遺伝子、DNA、iPS細胞など、生物学の理解を前提とした記事が必ずといっていいほど載っています。これらの記事を正しく読むためにも、生物学の知識は不可欠です。

さらにこの記事では、理工系学生にとっても生物学が必修であるといっています。物理学や工学と生物学の境界領域が広がっているからです。生物物理学という分野のように、物理学のほうから生物学の事象を明らかにしようとするアプローチも盛んです。ましてや生物学をコアとする医学・歯学・農学・看護学を学ぼうという人には、生物学はまさに必修なのです。

このページの概要

このページが目指していることは、一言で言えば、地球上の生物に共通で、生物学の根底にある原理を理解することです。

現代では、生物学の知識が増大する一方で、すべてを短期間で学ぶことが不可能になっています。生物学が嫌いという人にその理由を聞けば、多くの人は「憶えることが多すぎる」と言います。高校の教科書を見ても、とてもたくさんのことがかかれています。ましてや、先端の生物学に至っては推して知るべしです。どんなに整理しても、限られた時間内ですべてを理解することはできません。

それではどうすればいいのでしょうか。物理学や化学を学ぶ時は、基本的なルールを学び、後はそれを組み合わせれば理解することができます(そうでない場合もありますが)。生物学でもそれと同じ方法を取ればいいはずです。これまでは、生物学では現象の多様性に目を奪われ、なかなか原理原則を立てることができませんでした。でも、現代生物学の発展によって、原理原則を建てることが可能となってきました。

原理原則をちゃんと理解すれば、あとはそれを発展させていけば、生物学のいろいろな事象を理解することは容易になります。自分で発展させることもできます。そこで、このページでは、生物学の基本的な原理原則を理解することに徹することにします。 ここが理解できたら他のページに進んでください。

それでは、生物学の「原理原則」はどのようなものでしょうか。大まかに言えば、それは次のようなものとなるはずです。

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以上を箇条書きにすると

1)地球上には、様々な生物が存在している。
2)多様な生物は、神が作ったものではなく、進化によって生じた。
3)生物は細胞という基本単位で構成されている。
4)それぞれの細胞の核には染色体があり、染色体上にはタンパク質の設計図である遺伝子(DNA)がある。
5)設計図に従って作られるタンパク質がさまざまな機能を担っている。
6)DNAに偶然生じた変異によって子孫を作るチャンスに差が生まれ、それが進化の原動力となった。

ヒトもこの原理原則の例外ではありません。

それではもう少し具体的に、この原理原則について学んでいきましょう。


科学と生物学について考える一生物学者のあれこれ